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  • 執筆者の写真辻正仁

#006 下の部屋の儀式

更新日:2022年3月4日


ちょっと今回は趣を変えて、僕が10代の頃にどんな感じでレコードを聴いていたかの話を。


音楽に強い関心を持ち始めたのが小学校の5年生くらいの頃で、丁度その時期に我が家にステレオセットが導入された。

当時はまだ家族で大きなステレオ1台を共有するのが当たり前の時代で、家族各自の部屋に置くようなラジカセコンポなんかが普及し始めるのはその数年後であったし、自分自身がまだ家族内で強い発言権もなく、オーディオに関しての知識もなく、そして多分、家族の経済状況などもあったのだろうが、購入したステレオセットには「カセットデッキ」はついていなかった。アンプとスピーカー、ラジオチューナーとレコードのターンテーブルだけのセットだった。


まぁ、まだ自分の小遣いでレコード買うなんてなかなかできなかったし、ステレオは主に姉が使っていた(確か姉の進学祝いという名目で購入された記憶がある)のだけど、中一の後半あたりに一戸建ての住宅に移り住むことになり、それからそのステレオは僕が利用する頻度が俄然増えた。


そんなに広いスペースでもない場所にパズルのように各部屋が組み合わされており、玄関とリビングが通常の中二階の高さに位置しており、そして父親の仕事柄もあり応接間と客間が通常の一階の高さに位置する構造。ステレオはその応接間に置かれることとなった。


ちなみに、応接間は家が建てられた当初は家族もちゃんと「応接間」と呼んでいたが、実際に応接する機会がそんなになかったせいか、次第に「下の部屋」と呼ばれるようになる。


10代の頃、僕の小遣いはほとんどレコードに費やされた。それでも買えるのはアルバムを月に1枚が精一杯。友人たちも同じようなもんだから、みんなで相談して、それぞれの購入するものが重複しないようにして貸し借りしていた。レンタルレコードがたけなわになるのはもう少し後のことだったし、とにかくそうやっていろんな音楽を聴きあさり、それは同時に友人らと力を合わせて何か素敵なものを共有するという事を経験する機会だった。今思えば。


なけなしの小遣いを有効に使うべく、数多くある聴きたいレコード(なんせ、過去に発表されている無数の作品に加えて、次から次へと魅力的な新作が発売されるのだ)を毎回リストアップして、友達と相談して彼らの購入予定にないアルバムを選別。しかし、いざレコード店に行くと、他の欲しかったレコードも並んでいるので決心が揺らいだり、情報になかった新作が出ているのを発見したりで、迷いながら何度も店内をグルグルと周り、店員が万引きを疑い警戒の目を向ける中で、ようやく意を決して1枚を選び、買って帰る。


そうやって買ってきたレコードを聴けるのは自分の部屋ではなく、「下の部屋」である。家族の他のものが使っていたり、それこそ来客があったりすると部屋が空くまで待たなくてはならない。

ましてや、僕にとってはそこはレコードを聴く時以外は使わない部屋なので、もうそれだけでレコードを聴くのは特別な行為であった。


さらにそれが冬になると、だれも使ってない場合(高校の頃には親も居なかったし、ほとんど僕しか使ってなかった)は室温が氷点下だったので、暖房を入れて温まるのを待つことになる。その間に喫茶店のマスターに教えてもらった、コーヒーの美味しい淹れ方を実践して、はやる気持ちを抑えながら、時間をかけてコーヒーを淹れる。

自分でラジカセを持つようになってからは、部屋で聴くためにカセットデッキのないステレオをラジカセを配線で繋ぐという作業も加わった。


部屋に暖房を入れる。部屋からラジカセを持ち込んで寒さに耐えながらステレオの背面に周り接続して、コーヒーを淹れて待つ。そしていそいそと下の部屋へ。


CDやら配信などとは違い、レコードは扱いに気をつけないと、傷がついて取り返しのつかないことになるので、慎重にかつ厳かにレコードを取り出し、ターンテーブルに乗せて針を落とす。


僕にとってはレコードを聴くというのは、何かの儀式のようなものであった。


経済的にも、作業的にも、思い入れ的にも貴重な1枚を初めて聴く時、僕はコーヒーを飲む以外の一切の行為を行わずただ音を聴いた。

A面が終わり、立ち上がってまた慎重に盤をひっくり返しB面に針を落とす。またじっと聴く。


一度聴き終わってから、今度は部屋でも聴けるようにと、再度レコードをかけてそれをラジカセでダビングする。この時に、歌詞を読みながらとか、洋楽であれば訳詞やライナーノーツに目を通しながら聴く。というか、ジャケットだろうがインナーの歌詞カードだろうが、印刷されている文字は何から何まで目を通した。

おかげで、プロデューサーとかエンジニア、それにミュージシャンが自分が好きないろんな作品に関わっているのを発見したり、どの盤にも「JASRAC」って書いてるシールが貼られているのが気になったところから、著作権というものについて知ることになったりした。


その癖が染み付いていて、未だに好きなアーティストの新作を初めて聴く時は、僕はただじっと聴いている。


思えば「下の部屋」というのは僕にとって、学校よりもはるかに熱心に真剣に学ぶ「教室」でもあったな。


そして、聴き終わるとまた慎重に盤をしまい、またステレオからラジカセを取り外し、今度は自分の部屋でヘッドフォンを使って、ダビングしたテープを何度も何度も聴き直す。

教室で学んだ事を、自室で復習する訳だ(笑)


そして、予習も決して手を抜かない。

オンエアされる楽曲を録音できるようにスタンバイしながら、ラジオで最新情報や、古い音楽の情報を集め、次回のためのリストを作る。

とてもじゃないが、学校の勉強にまで手が回らなかったよ。






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