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  • 執筆者の写真辻正仁

#003 綺麗 / サザンオールスターズ (1983)

更新日:2022年3月4日


「いや、いいんだけど、こう言うんじゃないんだよな~」

当時入り浸ってた喫茶店で、常連の一人であるタカシさんはそう言った。

タカシさんは毎回サザンの新作が出るとそれをこの店のターンテーブルで回してその場にいた常連たちでの”視聴会”となる。レコードを回しながら、それをマスターがオープンリールテープにダビングし、それが皆のカセットテープへとコピーされる。そのようにして僕らは色んな音楽を分かち合った。


今から思えば大らかな時代であったが、こうして音楽は多くの人に聴かれ、巷に普及し、カセットを愛聴した我々は結局お金ができるとレコードを買ったり、CDが出た時に買い直したりしたのだからもしかしたら音楽というのは、このように共有されるのが普及の面からも収益の面からも正しい方法なのかもしれない。


話を戻すと、タカシさんはデビュー以来のサザンファンで、アルバムを重ねるごとにサウンドに変化を見せ、初期のドロ臭いサウンドから洗練されたポップ・ミュージックになっていく事を嘆いていたのだった。期待していたものとは違うんだけど、それはそれで全然悪くない。かっこいい。という複雑な感想を持ちながらタカシさんは苦悩する。


そういえば、不思議とこのアルバムに関して誰かと話題にしたという記憶があまりない。

前作の”ヌードマン”や次作となる”人気者でいこう”に関しては、周辺でちょっとした熱量を持って「聴いたか?」とか「あの曲が云々」みたいな会話が熱心にされてた記憶があるのだけれどね。

そして、このアルバムだって夏にはどこにいこうと流れていたし、ラジオやなんかでもシングル以外の収録曲の裏話的なことも紹介されてたし、なにしろヒットアルバムだし。


このアルバムでは原由子さんが歌う”そんなヒロシに騙されて”を高田みずえが歌ってヒットしていた。サザンとしてシングルで出した”EMANON”はあんまりヒットしなかった。僕はその”EMANON”が大好きだった。今でも「サザンの曲全曲の中から好きな曲を10曲挙げろ」と言われれば毎回この曲は入るし、「夏を連想する曲」と言われても思いつく曲の定番だ。


それもあってか、このアルバムは僕にとっては『夏のアルバム』である。

ちなみに、『冬のアルバム』は山下達郎の”ON THE STREET CORNER”の一作目だ。アルバムを聴いても特に特定の季節を感じないし、聴いてた当時の事を感傷的に思い出すこともない僕が例外的に季節を持っているアルバムはこの2作のみである。


今”綺麗”を聴いて当時の事が蘇るということもないのだが、当時の僕は夏休みにずっとこのアルバムを聴いていた気がする。目覚めてから夜中まで、他のサザンのアルバムのように誰かと頻繁に語ることもなく、一人で聴いていたんだな。


夏休みに、好きだった女の子がバイトしていると言っていたコンビニにチャリでジュースを買いに行く(ウチからチャリで1時間半かかるコンビニ)途中で頭の中に”EMANON”が流れ続けていたのは覚えてる。そういう気分だったのだ。

ジャジーで大人の色気が漂うあの曲と、コンビニでバイトする女の子に会いにチャリを漕いでいる高校生のどこがリンクしているのか今ではさっぱりわからないけれど、10代の感性というのはそれほどまでにセンシティブで世間知らずなんだろう。


昼間のカラッと晴れた日にそよぐ風と、やけに湿度のある蒸した夜の寝苦しさを覚えているのだが、それはもしかするとあの夏の気象状況ではなかったかもしれない。

思わせぶりだけどどうにも手に負えない女の子に恋をしていた自分の純粋さと、あの年齢独特の、途方もなく行き場もなく湧き上がる性欲の狭間で自分の精神と体の折り合いがつかない居心地の悪さや、大人のつもりなんだか子供なんだかわからない立ち位置の不安定さ、自分がどうなりたいのかもどうなれるのかもわからないまま行き場のないエネルギーを閉じ込めていた、自分の中の悶々とした蒸し暑さの記憶なのかもしれない。

他のサザンのアルバムにはない、自分にとっての幻想の夏なのかな? 

心と体の中の、昼間の暑いけれどカラッとした風と、寝苦しい真夜中の湿度。


だから、僕はタカシさんのように「いいんだけど違うんだよな~」というふうには思えなかった。当時の自分の夏と、このアルバムの音が分かち難く繋がってしまっていたのだ。


そういう時期のリアリティがすっかり消えてしまってから、このアルバムを聴いて特にその時の気分が蘇ることもないし、コンビニでバイトしていた子の事を思い出すこともない。あの時のタカシさんの嘆きを、音楽的な見地から彼よりも詳しく解説することもできる。

なにしろ僕の思春期は遠い昔に蒸発してしまったのだ。残ったのは音楽の良さと思い入れの消えたかすかな記憶の断片だけである。それがこのアルバムとリンクすることはもうない。

むしろ”EMANON”には今の自分の気持ちを想起される。


そういうのが音楽を聴き続けてて、いいなって思うところ。音は変わらないのに常に「今の音」として響くこともある。


ところで、コレを書きながらなぜ、当時このアルバムがあまり頻繁に語られることがなかったのかの謎が解けた。


当時、僕は高校三年生だったのだ。

みんな受験勉強とか進路のことで、サザンのニューアルバムをきゃっきゃと話題にするような状況じゃなかったんだろう、きっと。


だから僕は一人悶々と(しかし、呑気に)、これを聴き続けていたのかもしれない。










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